History of Russell Surfboards - ラッセルサーフボードのの歴史

1960年代初頭、ロバート・ラッセル・ブラウンは父親のガレージで友人のドン・アンダーソンとサーフボードの製作を始めました。樹脂、フォームの削りカス、ストリンガーを削った木のカスなどをガレージいっぱいに散らかしてしまったことから、ほどなくそこから締め出されてしまったようですが、そのぐらいではサーフボード作りの情熱がなくなるはずもなく、いくつかの場所を転々とした後、ニューポートビーチ、バルボア半島のシェイピングベイ(現在に引き継がれる拠点!)にたどり着きました。

彼のボード製作スキルと知識はメキメキとアップしていきましたが、それはこのシェイピングベイがサーフレジェンドであるパット・カレン(Pat Curren)やジョー・クイッグ(Joe Quigg)が住んでいた場所のちょうど中間地点にあったことも無関係ではなかったようです。

学校帰りにサーフボードを作り、そして夜の間に”Surfboards by Russell"とペイントしたトラックに載せて売り歩いたという彼の行動力は語り草となっています。

1967年、ニューポートビーチの歴史的サーフスポットであるブラッキーズ(Blackies)から目と鼻の先であるバルボア通り沿いに、ラッセルサーフボードは正式にオープンを果たします。その時、まだ彼は十代でした。

ちょうどその当時起こっていた”ショートボードレボリューション”の波に乗り、ラッセルは全く新しい実験的スピリットの注入と創造を恐れない強力なサーフボード製作チームを作り上げていきました。その当時のチームメンバーとしてはマイク・オーデイ(Mike O’day)、ブルース・ジョーンズ(Bruce Jones)、ボビー・”バサ”・アレン(Bobby "BASA" Allen)、ランディ・リダウ(Randy Lidau)、そして悪名高きポール&ヴィニー・サイズ(Paul and Vinny Sides )などで、今ではそれぞれがサーフボード界のレジェンドとして名を残す面々がラッセルサーフボードの元に集結し最新鋭のサーフボードを生み出していくこととなりました。当時はすでに名声を確立していたデイル・ヴェルジー(Dale Velzy)がラッセルのショップのために何本かのバルサウッドのガンをシェイプしていたというのも有名な話です。

最先端のボードを製作するラッセルの元に、ベストなボードを求めるローカルのトップサーファー達が集まってくるという流れは必然でした。ラッセルとその仲間達が作るアイテムはザ・ブラザーフッド(The Brotherhood)として認知され、当時のサーファーが持つべきマストアイテムとなっていったのです。ちなみに当時の人気はブリューワースタイルのチューブ波用ポケットロケットで、カットラップ巻き、ダブルピンライン、複数カラーの入ったノーズとテールブロック、さらにはリーシュループなども装備されたフルオプションの豪華な仕様が人気だったようです。

70年代の半ば〜後半には名シェイパー、ジェフ・ティンポーン(Jeff Timpone)や、あのショーン・ステューシー(Shawn Stussy)がラッセルサーフボードのメインシェイパーとして活躍するようになり、ラッセル自身は、サーファーの気持ちをくすぐる艶やかでセクシーな仕上げのグラッシングアイディアを形にしていきました。

自身のシェイプデザインにこだわらず、時代ごとに数々の新しいシェイパーのコンセプトを入れていく方針(シャドウシェイパーとしてではなく、しっかりそのシェイパーの名前をサインさせる方針)は、ショップのオープン直後から現在まで変わっておらず、”ラッセル”というチーム&ブランドへの自信とスピリットを表している事柄と言えます。

80年代にはアル・ドーブ(Al Dove)、デーン・ニュー(Dane New)、ジム・フュラー(Jim Fuller)、ジョン・プリブラム(John Pribram)、ジェフ・ワイドナー(Jeff Widener)、グレッグ・ギディングス(Greg Giddings)といったシェイパー達を迎えます。この時代にはニューポートビーチでは掘れたパワフルな波が特徴の54thストリートの波が、多くのプロサーファーやサーフ雑誌から最もホットなサーフスポットと認識されはじめ、大きくなりつつあったサーフ業界ではアパレルなどの”付属品”をメインに販売するショップが増えていましたが、あくまでラッセルではサーフボードを中心にビジネスしていた(しかも当時のショップセールスマンによると、ホットケーキを売るようにたくさんのボードを販売していた!)というのもローカルサーファーに愛されるラッセルならではの逸話です。

90年代に入ってもヘッドシェイパーのアル・ドーブが多くのデザインを生み出し続け、さらにビッグウェーバー/シェイパーである二人、ロジャー・バルティエラ(Roger Baltierra)  とチャック・バーンズ(Chuck Burns)は、メキシコのプエルトエスコンディード(Puerto Escondido) やトドスサントス(Todos Santos)用のボードをラッセルの元で生み出していきました。

2000年代に入ると、ブラッキーズに根付く老舗ブランドとしてのスタイルを濃くしていきます。ラッセル自身は依然グラッシングに関わっていましたが、若く情熱的なスタッフだったジェイピー・ロバーツ(JP Roberts)にビジネスを譲り、かねてからの希望であったハワイ、カウアイ島への移住を決断しています。

2011年夏にラッセルは亡くなりましたが、彼のスピリッツを受け継ぐJPがオーナー&ボードプロデューサーとしてショップを牽引し、メインシェイパーとしてジェリー・オキーフ(Jerry O’keefe)が、さらにロジャー・ボルティエラ(Roger Baltierra)、バリー・ヴァン・ダーミューレン(Barry Van Der Meulen)が伝統的かつモダンなデザインを生み出し続けています。

ちなみにJPはラッセルのスタイルをそのまま受け継ぎ!?、グラスショップに自らも入り、美しいカラーを次々と生み出す職人でもあります。

現在ではブラッキーズの波にマッチする温故知新スタイルなモデル(ディスプレイスメントハルのボトム構造を持つInglewood、イーグルノーズのショートボードにシングルフィンを組み合わせたEspresso、ピッグスタイルのロングボードであるTranquilizer など)が大ヒットしています。

2017年にはショップのオープンから50周年を迎えるラッセルサーフボード。
南カリフォルニアのニューポートビーチで愛され続けてきたボードを、日本の波でもぜひお楽しみください!

Taro Yanase / SurfTangents.com