History of Third World Exotic Surfboards by Larry Mabile - ラリーメイビルサーフボードの歴史

 カリフォルニアのパシフィックビーチにてスケートボードとサーフィンとともに 育った愛称"ラルモ(Larmo)"ことラリー・メイビル(Larry Mabile)。
高校時代には実家の裏に”ゲトーグラッシング( Ghetto Glassing)”というグラス小屋を建て、すでにボード作りに熱中していました。
その卓越した技術をスキップ・フライ(Skip Frye)に見込まれ、彼のボードのグラッシングを任されるという大きな仕事から、彼のボードビルダーどしてのプロキャリアはスタートしています。

 1979年からはGordon & Smith (G&S)の専属としてグラッサーと同時にシェイプ活動もスタートさせ、同じくG&Sのためにシェイプしていたスキップの傍で、その才能を開花させていきました。
その後、1990〜2000年にかけてザナドゥー(Xanadu)でのシェイプ、さらにはSwift MovementやKane Gardenといったサンディエゴフィッシュを扱うセレクトボードブランドのキーシェイパーとして活躍し、この頃からコンテストシーンとは一線を画した現在のスタイルを確立していきます。

 さらにラリーの名を有名にしたのが、リチャード・ケンビン(Richard Kenvin)によるハイドロダイナミカ(Hydrodynamica)プロジェクトへの参加です。
このプロジェクトの最初のオーストラリアトリップへ同行し数本フィッシュを削りましたが、その道中でTomo Surfboardsのダニエル・トムソン(Daniel Thomson)と出会い、コラボレーションモデルDT2モデルを完成させたのは有名な逸話です。

 サンディエゴスタイルのサーフボードといえば、やはりスキップ・フライが挙がりますが、ラリー・メイビルはスキップからサーフィン、シェイプ、そして生き方のスタイルなどを学んだと言います。
ラリー曰く「コンテスト用ボードなどのメインストリームとは逆サイドのボードデザインにあえてフォーカスすることが多いね」というように、流行とは無縁な南カリフォルニアのスタイルと伝統を象徴するようなボードを生み出し続けています。

 自らのブランドであるサードワールド・エキゾチックサーフボード(THIRD WORLD EXOTIC SURFBOARDS)をスタートさせた今でも、一切マシーンを使わない”完全ハンドシェイプ”にこだわり続けていることも、ラリーのボードを語る上で欠かせません。
プレシェイプにマシンを使うのは納期を早めるだけでなく、デザインの品質を安定させるなどのメリットもあり、どちらが正しい方法ということは言えません。
しかしながらブランクスの最初のカットから”ハンドシェイプ”されているボードにはやはり何らかの魅力が宿っています。

そのこだわりと魂がこもったボードをぜひ日本の波でも滑走させてみてください!